東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)186号 判決 1984年2月23日
原告
池田哲昌
被告
特許庁長官
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が昭和57年7月2日、昭和53年審判第12733号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文同旨の判決
第2請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和50年5月10日、名称を「建築における接合方法、構成方法」(後に「建築物における軸組の接合方法」と補正)とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和50年特許願第54493号)したところ、昭和53年7月3日拒絶査定を受けた。そこで、原告は、同年8月21日審判を請求し、昭和53年審判第12733号事件として審理された結果、昭和57年7月2日、「本件審判の請求は、成りたたない。」との審決があり、その謄本は同年8月11日原告に送達された。
2 本願発明の要旨
建築物における軸組の接合部において、基板(2)を支柱(1)の上に接合し、その基板(2)を基として柱(3)、梁(4)、水平筋交い(5)、垂直筋交い(6)の所要数を相互に接合する接合方法。(別紙図面(1)参照)
3 審決の理由の要旨
(1) 本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。
(2) ところで、実公昭41―3013号公報(以下「引用例」という。別紙図面(2)参照)には、H形鋼のフランジ、ウエツブ端面にプレートを溶接して柱材とし、柱材のプレート上に他の柱材、梁材等を相互に接合する組立建材を使用した鉄骨骨組の接合方法が記載されている。
(3) そこで、本願発明と引用例記載のものとを対比すると、本願発明における基板はその大きさ等について格別の限定がされておらず、これは引用例記載のものにおけるプレートに相当するものと認められるから、両者は、建築物における骨組等の接合部において、基板(プレート)を支柱のうえに接合し、その基板を基として他の柱、梁等を相互に接合する接合方法の点で一致し、本願発明では、水平筋交い、垂直筋交いが設けられているのに対し、引用例記載のものではそのような構成を具備していない点で相違する。
前記相違点について検討すると、この種の骨組構造物において、水平筋交い、垂直筋交い等をそれぞれ梁と梁との交点間、柱と梁との交点間に対角状に設けることは従来きわめて慣用された技術手段であり、また本願発明において採用された水平筋交い、垂直筋交いの接合点の構成についても格別の限定はなく、従来技術との差異を認めることはできないから、前記相違点は単なる慣用手段の付加に相当するものと認める。
(4) したがつて、本願発明は、引用例に記載された発明に帰するものと認められるから、特許法第29条第1項第3号の規定によつて特許を受けることができない。
4 審決の取消事由
本願発明の基板と引用例のプレートとは、その機能、位置、形状に顕著な相違があるにもかかわらず、審決は、これを看過し、両者を同一であると判断したのは、誤りであるから、取消されるべきである。
(1) 本願発明における基板の機能、位置、形状は、つぎのとおりである。
(1) 基板は、軸組の垂直材、横架材の交点にあつて、垂直材と横架材とを直接支持し、それらの垂直荷重、水平荷重を相互に伝達させる機能を有する。
基板と他の部材とは、直接又は直接及び間接的に接合されるものであつて、間接的にのみ接合されることはない。このことは、本願明細書添付の別紙図面(1)図―1ないし図―3の記載及び特許請求の範囲中の「所要数を相互に接合する接合方法」との記載を総合すれば明らかである。
また、基板は、基礎、床、屋根等の軸組にあつて、上部支持部材と下部支持部材の間にはさみ込まれる位置にある。一般的には、上下柱、柱間、上下柱梁間に位置する。
(2) 基板は、上下支持部材の端部より大きく、その位置に取付ける他の部材を取付けうる形状である。そして上下支持部材の柱、梁より突出しており、その突出部分に他の梁、筋交い等が取付けられる。
基板に突出部がないと、横架材と基板とを接合できないから、基板としての機能を果しえない。したがつて、基板には突出部のあることが必須である。本願明細書の特許請求の範囲には、限定した記載はないが、同明細書添付図面の番号を引用し、基板(2)と表示しており、その実施態様の具体化の表現である別紙図面(1)によれば、基板は突出部を有していることが明らかである。
(2) これに対し、引用例におけるプレートは、垂直材の端部に溶着した板材であつて、横架材のみを支持し、本願発明の基板が有する機能を発揮できない。また、その形状、面積は垂直材の端部と同一であつて、本願発明の基板のような突出部を有しない。
したがつて、本願発明の基板は、引用例のプレートに相当しない。
第3被告の答弁及び主張
1 請求の原因1ないし3の事実は認める。
2 同4の審決取消事由についての主張は争う。
審決の判断は、正当であつて、原告主張のような違法な点はない。
(1) 本願明細書に記載された特許請求に範囲中の「基板(2)を支柱(1)の上に接合し、その基板(2)を基として柱(3)、梁(4)、水平筋交い(5)、垂直筋交い(6)の所要数を相互に接合する」構成について、発明の詳細な説明には、「基礎又は下階の支柱(1)に上に溶接又はボルト類で接合される基板(2)を基として、柱(3)、梁(4)、水平筋交い(5)、垂直筋交い(6)の所要数を相互にボルト類で接合するものである。」(第1頁末行ないし第2頁第4行)と記載されているだけであり、基板と他の部材がどのように接合されているかについては具体的に記載されておらず、基板に対し他の部材の全てが直接取付けられるものであることをうかがわせる記載は何もない。一方、別紙図面(1)には、支柱(1)、柱(3)、梁(4)及び水平筋交い(5)は基板(2)に直接接合されているが、垂直筋交い(6)は基板(2)に直接接合されることなく、支柱(1)と梁(4)、柱(3)と梁(4)にそれぞれ接合され、基板(2)とは間接的に接合された実施例が記載されている。
右各記載例から判断すれば、特許請求の範囲中の「基板を基として」とは、柱、梁、水平筋交い、垂直筋交いの所要数の全ての部材が基板に直接接合支持される場合だけでなく、一部の部材は他の部材を介して基板に対して間接的に接合支持される場合を含むものと解するのが相当である。
したがつて、本願発明の基板は、軸組の垂直材、横架材の交点にあつて、垂直材又は横架材を直接又は間接に支持する機能を有するものである。
これに対し、引用例のプレートは、単に横架材のみを支持するものでなく、別紙図面(2)第7図の記載から明らかなように、柱の上端部に固定したプレート上面に横架材を接合すると共に、両横架材の端面に溶着したプレート15のなす間隙に縦梁の端部に設けたウエツブ突出部を挿入する構成になつているから、垂直材である縦梁は横架材を介してプレートと接合支持されているものである。
また、本願発明の基板も引用例のプレート同様に垂直材の端部に溶着された板体である点で差異がない。
そうすると、引用例のプレートの構成は、本願発明の基板に垂直材と横架材とが間接的に支持される実施例と同じ構成のものであり、そのプレートの機能も本願発明の基板と同様の機能を奏するものであることは明らかである。
(2) 本願明細書に記載された特許請求の範囲には、基板の面積、形状等については何ら具体的な限定がされていない。また、発明の詳細な説明の項にも、基板が上下支持部材の端部よりも大きく、突出部があるというように限定解釈すべき旨のことはどこにも記載されていない。
ただ、わずかに別紙図面(1)において、上下支持部材の端部よりも大きい突出部を有する基板が示されているにすぎない。しかし、図面は、その出願に係る発明の技術内容を理解しやすくするため明細書の補助として使用され、また単に一実施例を図示するものにすぎず、図面に記載されているという理由だけで、その構成を発明の構成と解することはできない。
したがつて、本願発明の特許請求の範囲には、基板が柱の端部よりも大きいという限定がないことから、基板は柱の端部より大きい場合だけでなく、引用例のプレートのように柱の端部と大きさが同じ場合をも含むものである。そして、本願発明の基板は、柱の端部より大きい場合でも同じ大きさの場合でも、同じように明細書記載の、「このような接合方法により基礎のプレハブ化、部品化と共に建築物における軸組の各部材はプレハブ化され、部品化され、従来の方法より単純化され、省力化されることが多い。」(第2頁第7行ないし第10行)という作用効果を奏するものである。
第4証拠
1 原告
甲第1号証ないし第3号証、第4号証の1ないし3、第5号証提出。
2 被告
甲号各証の成立を認める。
理由
1 請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。
2 そこで、原告の主張する審決の取消事由について判断する。
(1) 成立に争いのない甲第4号証の1ないし3によれば、本願発明の基板については、特許請求の範囲中に「基板(2)を支柱(1)の上に接合し、その基板(2)を基として柱(3)、梁(4)、水平筋交い(5)、垂直筋交い(6)の所要数を相互に接合する」との構成が示され、この点に関し、発明の詳細な説明では、「基礎又は下階の支柱(1)の上に溶接又はボルト類で接合される基板(2)を基として柱(3)、梁(4)、水平筋交い(5)、垂直筋交い(6)の所要数を相互にボルト類で接合するものである。」(明細書第1頁末行ないし第2頁第4行)と記載されているから、本願発明の基板は、軸組の接合部である柱(3)からなる垂直材、梁(4)からなる横架材の交点にあつて、軸組に加わる荷重を支える支柱(1)の上に接合しているものと認められる。
なお、原告は、基板は垂直材と横架材とを直接支持する(直接又は直接及び間接的に接合されるのであつて、間接的にのみ接合されることはない。)ものである旨主張するが、右甲第4号証によれば、本願明細書には、基板と柱、梁、水平筋交い、垂直筋交いとの具体的な接合のし方についての記載ないしこれらがすべて基板と直接接合されるものであることを窺われる記載は全くなく、かえつて添付図面には一部の垂直筋交いが柱と梁に接合され、したがつて基板とはこれらを介して間接的に接合された実施例が示されていることが認められるから、原告の右主張は採用しえない。
ところで、成立に争いのない甲第5号証によれば、引用例のプレートについては、「H形鋼のフランジ、ウエツブ端面にプレートを溶接して柱材あるいは横梁材とし、たがいに反対方向の2つの横架材を、そのプレート間で挿入間隙が形成されるように背中合わせに該柱材の前記プレート上面に載置すると共に端部にウエツブ突設部を有するH形鋼からなる縦梁材の該ウエツブ突設部を柱材プレート上面上の前記挿入間隙に挿入し、柱材と縦、横梁材とを固着せしめる」(甲第5号証第2頁左欄第5行ないし第13行)と記載され、その実施例として、柱1は、「階層を重ねる場合は、第7図に示すように横梁材2、2'のフランジ面上に柱1'をリベツト打ちあるいはボルト締め8して接合し、更に柱1'の上端部に梁材を接合すればよい。なお第8図は縦梁3、3'の接合状態を明確にするためにその接合部分を横梁2側より見た場合の側面図を示すものである。」(甲第5号証第2頁右欄第5行ないし第11行)と記載されており、右の記載に明細書添付の図面第7図及び第8図(別紙(2)参照)を参照すると、引用例のプレートは、柱1である垂直材の端部に溶接した板体であり、その板体の上面には縦・横の梁材2、2'、3、3'である横架材と柱1'である垂直材を支持しているものと認められる。
したがつて、本願発明の基板と引用例のプレートは、いずれも垂直材と横架材との交点にあつて、軸組に加わる荷重を支える柱材の上に接合しているものであり、構成上、機能上の差異があるものとは認められる。
(2) 前掲甲第5号証によれば、引用例のプレートは、柱1である垂直材の端部に溶接した板体であつて、その形状、面積は垂直材の端部と同一で突出部を有しないことが認められる。
原告は、本願発明の基板は、上下支持部材の端部より大きく、突出部を有しており、その位置に取付ける他の部材を取付けうる形状であつて、引用例のプレートとは一致しない旨主張する。
しかしながら、前掲甲第4号証の1ないし3によれば、本願発明の特許請求の範囲には、基板と支柱、基板と支柱以外の他の部材との関連については、「基板(2)を支柱(1)の上に接合し」、「基板(2)を基として柱(3)、梁(4)、水平筋交い(5)、垂直筋交い(6)の所要数を相互に接合する」とあり、基板は支柱の上に接合され、基板を基として柱、梁等を互に取付けることが明記してあるだけで、原告主張のような、基板が支柱の端部より大きく突出部を有するという基板の面積、形状についての限定がなされていないことが明らかである。
もつとも、前掲甲第4号証の1ないし3によれば、本願発明の特許請求の範囲には、基板「基板(2)」と記載され、明細書添付の図―1ないし図―4(別紙図面(1)参照)には支柱の端部よりも大きい基板(2)が示されていることが認められるが、このことについて発明の詳細な説明に何ら触れるところはない。
そもそも明細書添付図面は特許発明の理解を容易にするためのものであり、特許発明の技術的範囲は、特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないから、特許請求の範囲中にある「基板(2)」との記載につい明細書添付図面の一実施例の記載のみを根拠として、原告主張のように、その面積、形状が限定されると解することはできない。
したがつて、本願発明の基板は、その面積、形状について格別の限定がされていないものといわなければならず、引用例のプレートのように支柱の端部と同じ面積、形状のものをも含むものであつて、この点に関し引用例のプレートと差異があるものとは認められない。
(3) 以上のとおりであつて、本願発明の基板と引用例のプレートに実質上差異があるとは認められないから、本願発明の基板は引用例のプレートに相当するものであるとした審決の判断には誤りはない。
3 よつて、審決の取消を求める原告の本訴訟請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(舟本信光 竹田稔 水野武)
<以下省略>